2005.06.19

ゆずの『てっぺん』を聴くたびに心が軋む臆病者の或る夜


そこそこ名の通った学校に通うと、それだけ偏見も付き纏う。たいていは、ガリ勉、黒髪眼鏡など、一笑に付せる馬鹿げたものであるのだが。
先日バイト先の先輩に話の流れで通学先を明かしたところ、彼は、よくあることだが一瞬黙り、よくあることだが一歩引いた。
そんないい加減慣れれば良いだろう相手の反応に律儀に傷ついていた私に、追い討ちをかけるように彼はこう言った。

「コピーキャット多そう、やな」

(氛tハァ? ←素でこんな顔になる私。しかしそれは何を根拠もなしに失礼なことを! という怒りによってではなく。
「……コピーキャットってなぁに?」
この一言で名誉挽回、汚名返上ならぬ汚名挽回をした私はこれからも彼とはうまくやっていけそうだがそんなことより問題は上記の彼の発言で。
コピーキャットとは簡単に言うと彼曰く、

ミーハー。オレンジレンジとか聴いてそう」

( д ) ハァ? ←今度こそ憤慨してこんな顔になる私。
ミーハー。私にとっては最大級の侮蔑語である。
しかし時既に遅く、私の怒りは彼に届かなかったようだ。
いいけどね。偏見だけど。って言い足していたし。
それに流行の波にガンガンのっていくということは、アンテナの感度を高めにしておく努力と、それなりの財力と、何より何がキてもとりあえず受け入れる心の広さとが必要で、決して誰にでもできる芸当ではない。少なくとも私には不可能。
ある意味長所かもしれない。ただミーハーという表現が果てしなく不愉快に響くだけで。

それにしても、冒頭で述べたように偏見には慣れているつもりだったが、こんなことを言われたのは初めてだった。
自らを省みても周囲を見渡しても、極端に主体性なく流行物に飛びつくような人間はいないが、正直、一概には否定できない気が、しないでもない。
ファッションに個性を出したら確実に浮く。近くの芸大生と比べたらその差は明らかだ。
レンジを例に出されたから音楽についてばかり考えていたが、全体的に見ると残念ながらコピーキャットという形容は的を射ているのかもしれない。


最後に、レンジを例に出した彼に別に他意はないであろうことを、苦しいフォローとして付け加えておく。


あたしは君のメロディーやその
哲学や言葉 全てを
守る為なら少し位する苦労もいとわないのです

『幸福論』 椎名林檎



前にも書いた通りここは原則本文とは関係なくて、ただ大好きな歌を切り取っておすそ分けしたいなと。
初めて携帯メールで投稿してみたけれどもタグとかうまくいってるだろうか、と保険をかけつつ〆。



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